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January 16, 2010

正義の法をねじ伏せることが民主主義なのか?

本日(16日)の民主党大会はすごかった。多数決で勝ち得た権力は正義の法をもねじ伏せることができると本気で信じている政治家が存在していること、そしてそのような政治家に一切反対の声を挙げることができず、むしろ拍手を贈る政治家が多数存在していることがはっきりした。

ネット上のニュース(朝日新聞)によれば、小沢幹事長は次のように「闘う決意」を述べたという。

意図していたかどうかは分かりませんけれども、我が党の、この党大会の日に合わせたかのように、このような逮捕が行われている。私は、とうてい、このようなやり方を容認することはできませんし、これがまかり通るならば、日本の民主主義は本当に暗澹(あんたん)たるものに、将来はなってしまう。わたくしは、このことを個人のうんぬんよりも、非常に憂慮いたしております。そういう意味におきまして、わたくしは、断固として、このようなやり方、このようなあり方について、毅然(きぜん)として、(※力を込めて)自らの信念を通し、そして闘っていく決意でございます。(拍手)

確かに神ならぬ人が為すこと、検察が常に正義であるという訳ではなかろう。しかし、彼らの仕事は正義の法を適正に執行することである。小沢幹事長は選挙という多数決によって与えられた「権力」によって「正義」の法をねじ伏せることを「議会制民主主義」と称し、その「正義」の法と「闘う決意」を宣言した。そして彼に従う多くの民主党議員からは一切反対の声も挙がらず、ただ彼に拍手を贈った。

別の記事(同じく朝日新聞)によれば、鳩山総理は「私も小沢幹事長を信じています。どうぞ戦ってください」と伝えたとのこと。内閣総理大臣が「正義」の法と闘う者を応援してどうする。この国の民主主義は未熟なまま既に壊されてしまったことを全国民にはっきりと見せつけたという意味で、本日の民主党大会はすごかった。

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January 15, 2010

自壊する民主主義

ネット上のニュースを見ていて、日本の民主主義の行く末について暗澹たる気持ちにさせられた。一つは鳩山総理の下記の発言(産経新聞からの引用)である。

鳩山由紀夫首相は15日午前、民主党の小沢一郎幹事長の資金管理団体をめぐる疑惑に関し、「国民の皆さんは『またか』という思いを感じていると思う」とした上で、「私自身の問題(資金管理団体をめぐる偽装献金問題)もあったが、総選挙の前から出ていた話であり、こういう問題があるにもかかわらず、民主党を国民の皆さんの多くが選んだ」と語った。

もう一つは13日夜、まさに小沢事務所に対する強制捜査と同じ時間帯に開催されていた民主党愛知県連の新春の集いでの小沢幹事長の発言である。

「最後になりますけども、わたくしごとで若干、おわびをしたいと思います。昨年の春に、突然の、私ども予想もしなかった事態になって、私の政治団体のことで皆さんに大変ご迷惑をかけました。しかし、私どもは、決して! このような問題で、法に触れるようなことを致したつもりはありません。そのことは国民の皆さんも、私は本当に理解していることと思います」(拍手)「ですからこそ! 政権をわれわれに与えてくれたんじゃないでしょうか!」(拍手と歓声があがる)

二人の発言に共通するのは、国民は民主党最高幹部の政治資金問題に違法性がないと理解したうえで総選挙において民主党に「権力」を与えたのだから、今、彼らが保持している権力は「正当」なものであると強弁している点である。これは、民主的な選挙に勝利し、権力を握ったのだから、自分たちは正しいという主張にほかならない。

経営学者であったP.F.ドラッカーは、ナチス・ドイツの全盛期であった1939年に著した「経済人の終わり」において、ファシズムの特徴を次のように指摘している。

ファシズムは、「権力は自らを正当化する」ことを自明のこととする。今日、このまったく新奇な説が広く受け入れられるにいたっていることほど、ヨーロッパにおいて全体主義革命がいかに進行してしまったかを示すものはない。実際、この教義こそ驚くべきイノベーションである。(中略) ヨーロッパの伝統に根ざしたあらゆる体制のなかで、権力の正当性こそ中心的な問題である。なぜならば、この考えにたつことによってのみ、自由と平等の概念、あるいはかつて正義といわれていたものを社会的、政治的な現実に結びつけることができるからである。そして自由と平等こそ、キリスト教伝来以来のヨーロッパにおいて、基本的な理念でありつづけてきたものである。

ナチスのスローガンともいえる「権力は自らを正当化する」とは、具体的には「ワイマール憲法の下、民主的な選挙を通じて国民がヒトラーとナチスに権力を与えたのだから、ヒトラーとナチスの行うことはすべて正しい」という論理を意味する。平たく言えば、会社や役所の上司が部下と議論するときに「自分が上司だから(=権力の座にあるから)、自分の言っていることの方が正しい」と言うのと同じである。

僕が専門とする公会計という分野では、「権力」の座にある政府の意思決定が正しいのか否か、すなわち「正当性」を「最大多数の最大幸福」とみなして数量化を試みる。「正当性」なき「権力」を振りかざす組織は必ず腐敗し、自壊する。国家であれば人類史上最大の悲劇を生みだし、あらゆる国民を不幸にする。それがナチス・ドイツの遺した歴史の教訓である。

自民党政権の末期は、「幼稚化する民主主義」を象徴するものだった。マンガばかり読んで漢字も読めない総理はその典型例である。民主党政権は、「政治主導」の美名の下、正当性なき権力を振りかざすことによって「自壊する民主主義」を象徴することになるだろう。

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January 14, 2010

雪国? 宇和島も冬景色

昨夜未明から降り積もった雪がまだ溶けません。あまりの寒さに外出を控えてしまいました。5年半勤務した新潟ほどではないにしても、寒い!

100114_uwajima 左は実家の二階から見た近所の景色です。寒さに弱いとホントダメですね。(~_~;)

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January 07, 2010

民主党政権の「新成長戦略」について

昨年末(平成21年12月30日)、民主党政権による「新成長戦略(基本方針)」が閣議決定された。その内容はあまりにお粗末で、とても「成長戦略」の名に値しない。これでは民主党政権が続く限り日本経済の復活はないと断言せざるを得ない。

あきれて物が言えないところだが、気を取り直して若干のコメントを試みる。

「新政権の誕生は、国民のための経済の実現に向けて舵を切る、100 年に一度のチャンスである。」

政権交代による政治の枠組みの変化自体が日本経済に良い結果をもたらすとは限らない。政権交代後、既に100日以上経過しているのに浮かれている場合ではない。

「私たちは、公共事業・財政頼みの「第一の道」、行き過ぎた市場原理主義の「第二の道」でもない、「第三の道」を進む。それは、2020 年までに環境、健康、観光の三分野で100 兆円超の「新たな需要の創造」により雇用を生み、国民生活の向上に主眼を置く「新成長戦略」である。」

世の歴史に新しきものはない(例えば、ニューエコノミー論)。成長はアニマルスピリットによる民間投資が牽引するのが常。内需拡大を単なる消費拡大だと勘違いすると、所得も増えないのに貯蓄を取り崩し、国全体の資本(国富)を食い潰すことになる。

「新たな需要の創造」は、国民所得の増加による購買力の向上なくして実現しない。国民所得を増加させるには、付加価値(利益)を生み出す民間投資=供給力の増強が必要。

「需要」や「雇用」を重視するとしても、付加価値(利益)を生み出す企業活動に対する制約(例えば、公開会社法)を強化するならば、かえって「金の卵を産む鶏」を殺してしまうことになる。

「総合的な政策パッケージにより世界ナンバーワンの環境・エネルギー大国へ」

「世界二位じゃダメなんですか」というツッコミどころ。「事業仕分け」の後になって形だけの「成長戦略」を泥縄(≒官僚主導)で作るから、こういう愚かなことになる。また、「総合的な政策パッケージ」って何ですか。

「これらの施策を総合的に実施することにより、2020 年までに50 兆円超の環境関連新規市場、140 万人の環境分野の新規雇用・・を目標とする。」

「持続可能な社会保障制度の実現に向けた改革を進めることで、超高齢社会に対応した社会システムを構築し、2020 年までに医療・介護・健康関連サービスの需要に見合った産業育成と雇用の創出により、新規市場約45 兆円、新規雇用約280 万人を目標とする。」

目標は良いが、どのようにしてそのような新規市場、新たな需要、雇用を創出するかが不明。結局、民主党マニフェストにあるような単なるバラマキ政策を志向するのであれば論外。需要重視の単なる所得再分配政策では、国全体の資本(国富)を食い潰すことになる。

需要はそれを賄うことのできる所得(付加価値)があってこそ最終消費支出としてGDPを押し上げる。所得(付加価値)を増大させる政策なくして、所得再分配政策のみでは国全体の総需要は増加しない。

市場を無視した単なる所得再分配政策の欠陥は、旧ソ連の経済政策の失敗を見ても明らかである。

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January 02, 2010

2010年、あけましておめでとうございます。

どこまでも正義を貫く。国家経営のプロとして国民の生命、財産、自由を守る。

こうした政治家を目指した原点に立ち返り、「再起動」します。

引き続きどうかよろしくご指導のほどお願い申し上げます。

2010年元旦 桜内文城

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