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August 03, 2009

「政権交代」v.s.「責任力」

解散(7月21日)の後、一週間以上を経てようやく二大政党のマニフェストが出揃いました。本来ならば、総理の解散権の行使によって国民に信を問う以上、総選挙の争点を設定すべき立場にあるのは政権与党の側であるはずです。民主党のマニフェストの発表(7月27日)よりもさらに数日遅れてようやく自民党がマニフェストを発表した(7月31日)という事実自体、その混乱振りを示していると感じました。

他の政党のことにどうこう言うべき立場にはありませんが、今日は感想めいたことを少しだけ述べておきたいと思います。

まず、民主党の主張する「政権交代」ですが、政権交代を目指すのはよいとしても、政権を獲得した後にどのような国づくりをするのか、その方向性が不明確であるのはいかがなものでしょうか。多くの方々がよく指摘するように、政権交代とはあくまでも手段であって、その目的が一体何なのか、よくわかりません。外交、安全保障の分野で民主党政権には不安がつきまとうだけでなく、日教組に支配される教育、財源の不明確な所得再分配についても、一般の有権者からも不安の声をよく聞きます。

次に、自民党の側ですが、造語?と思われる「責任力」という言葉そのものに違和感があります。善意に解釈すれば、政権担当能力なり、政策遂行に必要な財源を確保する力(民意の反対を押し切ってでも増税する政治力?)を示そうとしたようにも思えます。平たく言えば、「責任を果たす力」ないしは「責任を取る力」を意味するのでしょう。

確かに、「責任」という言葉には様々な意味があります。しかし、国政を預かってきた政権与党が「責任」という言葉を語るということは、主権者である国民からの信頼を失った場合には自らの責任を明らかにする、すなわち政権与党の座を降りることを意味するはずです。

そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。

これは日本国憲法の前文のくだりです。要は、政権与党は国民から国政を預かる(受託する)という意味で、国民に対する責任(受託者責任)を負っており、政権与党が国民からの信託の目的に反する行いをした場合(国民からの信任を失った場合)、主権者である国民は新たな政権与党(新たな政府)を樹立する権利を有するということです。

日本社会では、「責任を取る」という言葉が軽々しく使われる傾向があります。みなさんも思い当たる節がおありだと思いますが、会社や役所の上司で「俺が責任を取る!お前らは自由にやれ!」と言っていたのに、失敗したら部下のせいにする・・というのはよくある話ですね(苦笑)。自民党のマニフェストのキャッチフレーズ「責任力」を見て、そんなことを思いました。

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